



今回のえびす顔
第14回の「えびす顔」は、白玉饅頭 元祖吉野屋 代表 吉村義清(よしむら よしきよ)さんに、川上峡の歴史や白玉饅頭についてお話を伺いました。ぜひご覧ください。
ご出身は?
ず~っと地元にいますよ。生まれも育ちも佐賀市大和町の川上峡ですね。さっそくですが、吉野屋の歴史を教えてください!!
創業は明治15年(1882年)になります。400年前からお祭りやお祝い事用として地元に伝わっていた「まんじゅう」を白玉饅頭として商品化したのが初代吉村清兵衛なんですよ。私が5代目で、今は6代目に店を任せてます。もう120年以上続いてますね。今では白玉饅頭は川上峡の名物としてお客さんに愛されてます。
これまでのご苦労話などを教えてください!
私の父は、戦争で早くに亡くしてしまったから、私が若くして店を継いだんだよ。その頃は母親と2人で店を切り盛りしてましたね。戦後間もない頃だから、当然すべてが手作業。今みたいに機械化されてないからね。冷蔵庫もなかったから作るのもすべてその日分だけ。でも、その当時は作った分はほとんど売れてましたよ。
へぇ~。その当時1日何個ぐらい作ってたんですか?
だいたい500~600個ぐらいかな。機械化した今は何個でも作れますね。神武景気とか岩戸景気とかの高度成長期はすごかったね~。朝3時ぐらいから1日中作っていたけど、追いつかないくらいのお客さんや注文があったよ。今はお菓子も多様化してるし、昔のようにはいかないけど、白玉饅頭はお年寄りから若い人までまんべんなく買いに来られるんですよ。新商品(新技術)ができたそうですが、それについて教えてください。
白玉饅頭は添加物や保存料を使わないから賞味期限が1日ぐらいなんだよ。それで試行錯誤して瞬間冷凍を可能に。できたてのおいしさをそのまま凍らして県外など遠くへの発送が可能になった。冷凍のまんまやったら60日ぐらいもつよ。やっぱり仕事とか、嫁いで県外へ出た方なんかから、なつかしい味だからと言って注文していただいたり、遠くは関東あたりからもあるよ。おかげさまで、今度は新潟のデパートから呼んでもらってたりもしています。遠方でもPRできるようになったよ。お店をリニューアルされてカフェスペースをつくられたそうですが。
もう、5年くらい経ちますね。昔は販売だけだったけど、リニューアルしてから、お客さんが店内でくつろいでもらえるようにカフェみたいにしたんですよ。おかげさまで、若いカップルとかご家族連れのお客さんが増えたね。2階も20人くらい入れるようにしてて、ギャラリーとして使ってもらったり、習い事されてるサークルなんかの集まりの場とかに使ってもらってます。近くでイタリアンレストランもしてますので、予約してもらえればお食事も用意できますよ。
大和町観光事業実行委員会の副会長もされているそうですが、実行委員会ではどんなことを?
佐賀観光協会の合併とともに、地元の事業は地元の人たちが主になってやっていこうということで実行委員会で事業を引き継いだんですよ。ずっとやってきたことだからね。もう、こいのぼりの吹き流しも26年目になりました。徐々に観光客も増えてきたね。あとは、夏には花火大会があるよ。花火の前には灯籠流しがあってとても幻想的だよ。秋にはグラウンド・ゴルフ大会を開催してるね。
昔の川上峡ってどんなだったんですか?
川上頭首工ができる前は鮎とか川魚がたくさんいる清流で今より川幅も狭くて川の側まで歩いていけるような場所だったね。春には土手に桜の木がたくさんあって、遠足とか、夏には涼みで人が多く集まる場所だった。官人橋も今の場所より下流にあったんだよ。昭和20年の台風で流されちゃって今の場所にできたもんね。最後にえびす顔でPRををお願いします。
川上峡は佐賀市の奥座敷といわれて昔から自然環境がいい場所だったんですよ。春夏秋冬どの季節もいいですよ。あと佐賀市大和町は歴史的遺産もたくさんあります。残念ながら埋もれたままで磨かれていないところがまだまだたくさんあります。これら観光資源を掘り起こして観光ルートが開発されるといいね。私も、こいのぼりのポールとワイヤーを使って夏の間ぐらいで天の川をイメージなんかしたイルミネーションとかできないかと思ってる。ここ何年か考えてるんだけどね。Copyright © 2007-2012 佐賀観光協会. All rights reserved.