



今回のえびす顔
第9回の「えびす顔」は、10月に徐福に関する国際シンポジウム開催を控え、多忙な毎日を送られている「佐賀県徐福会」代表、村岡央麻(むらおか あさ)さんにお話を伺いました。徐福に対する熱い想いと吉野ヶ里遺跡との意外な関係を語っていただきました。ぜひご覧ください。
ご出身は?
福岡県の飯塚です。こちらに嫁いでからはずっと佐賀市ですよ。佐賀県徐福会の会長でいらっしゃいますが、「徐福」との関わりのきっかけは?
徐福会の会長はね、木下棋一郎さんが約20年会長を務めてくださっていましたが、体調を崩されてしまいましてね。それで、私と会長を変わりました。佐賀県徐福会のはじまりと、主な活動内容を教えてください。
もともと徐福研究会という組織がありました。佐賀県徐福会はその研究会から派生してます。苦労されたことや、嬉しかったことなどエピソードがあったら教えてください。
あんまり苦労を苦労と感じなかったですね。何事も打ち込んでいくと面白いでしょ?だんだん面白くなってきてね。ただ、その時に行われた徐福シンポジウムがなかったら、今の吉野ヶ里遺跡は残っていなかった!ということが一番嬉しいですね。最近、中国・連雲港市の栄誉市民に選ばれたそうですね。
これまで連雲港市とは徐福を通してお互いに交流をしてきましてね。佐賀に交流団が来られた時は丁寧に応対してますし、教育委員会や佐賀市国際交流協会の働きのおかげで、佐賀市の中学生を派遣したりしながら国際交流を続けてきた結果だと思ってます。当時、20年前の中国と日本との交流は、今とは比べ物にならないくらい頑なだったんですよね。中国の子供たちをホームステイさせることもできませんでした。それが徐福を通して少しずつほぐれていったんですね。ようやく3年ぐらい前に、ホームステイができるようになったんですよ。最近、急速に友好な交流が高まってきましたね。中国国内では徐福さんのことが教科書に必ず出てきますから、徐福さんのことを知らない人はいないんです。ただ、徐福さんが訪れた場所はおそらく日本だろうと、そして日本のどこに行ったのかはよく知らないみたいです。それが佐賀市の諸富町から上陸されたという話をすると、すごく感激されるんです。今後の佐賀県徐福会の目標(夢・希望など)はありますか?
全国の徐福伝説が残る地域と違う佐賀の売りは「徐福上陸」なんです。必ず観光資源になります。まずは、誰が訪れても分かるように整備することが必要です佐賀の好きなところは?
佐賀は何もないと良く言われますが、もてなし、人情、景色など、ホッとする癒しの空間、空気が佐賀にはいっぱいあります。ぱっと広がる佐賀平野の田んぼとか、真っ赤な夕焼けに染まる有明海とか、まっすぐ伸びる道路と街路樹。こうしたホッとする部分が佐賀市の最大の売りだと、昔から思っていますよ。佐賀市の観光について思うことは?
佐賀の観光は、地道に作り上げていくしかないですね。市町村合併してからは、福岡のお客様がたくさん来られる三瀬村や富士町などの市の北部山間地域がとっても元気ですよね。そこに来たお客様に市の中心街まで何とかして下りて来てもらわんばもんね。そうするためにはバルーンフェスタももちろん、年に1回でも良かけん「お祭」があるといいですよね。私は、佐嘉神社や佐賀城本丸歴史館を中心に県内に数多く受け継がれている「浮立(ふりゅう)」を一斉に披露する浮立大会をやりたいと思っているんですよ。少しずつ無くなりつつある「浮立」の掘り起こしを密かに思い描いているんです。最後にえびす顔でPRををお願いします。
各国から徐福研究家や関係者の方がたくさんいらっしゃるので、その方々の話を地元の方にしっかり聞いてもらいたいですね。しかし、多くの地元の方がまだ徐福は伝説だと認識されている。中国でははっきりとした歴史上の人物なんですね。日本各地30箇所ぐらいに徐福にまつわる伝説はあって、銅像とか石像とかいっぱいありますけど、にもかかわらず、2000年の間、脈々としっかり語り継がれてきたのは佐賀だけですから、今回のシンポジウムでそのことを浮き上がらせようと考えています。シンポジウムは一般参加も大歓迎です!参加費は一般参加は2,000円。シンポジウムの傍聴と資料提供、吉野ヶ里の現地視察、それと同時通訳のイヤホン付き。皆様、ぜひ「佐賀・徐福国際シンポジウム」にご参加ください。
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